本当に良質な食材は、余計な手を加えない。
それが私の料理の信条です。
料理長の武内です。秋本番の10月。多くの食材が熟成を迎える季節。二十四節気では「寒露」から「霜降」。文字通り寒さもぐっと進む時期でもあります。この季節は体をいたわる滋養を積極的に摂りたいもの。
いちらくで日々お世話になっている食材について、お伝えしようと始めた今回の企画ですが、まず最初に断っておきたいこと。それは、良質な食材は余計な手を加えないほうがいい、ということ。昔はね、手をかけてなんぼのもんだ、的な料理も正直多かった。でも今は素材をつくる技術も向上していますし、そこにかける生産者のこだわりや情熱も凄い。だからこそ、その心意気ごと伝える料理にするのが私の仕事だと思ってます。カッコつけてるわけじゃない。それが生産者さんへの感謝ですし、ふるさと山形への恩返し、ただそれだけ(笑)。
昔ながらの湧水がニジマスを劇的に美味くする。
とにかく一口食べれば、その違いが分かるよ。
まずご紹介したいのは、いちらくから車で約10分。東根市大富地区の住宅街にある「柴崎養鱒場」さん。大富は昔から飲料水や生活用水に「どっこん水」と呼ばれる湧き水が利用され、全国に先駆けて昭和3(1928)年からニジマスの養殖が行われた地域です。
柴崎社長は、この養鱒場の3代目。もう長い付き合いです。敷地内にある生け簀には、今なお名水百選にも選ばれたこの「どっこん水」がこんこんと湧いてます。
ニジマスは通常、18度くらいまでの水温で育てますが、ここの水は一年を通じて約12度。それが魚の臭みを消し身を引き締め、適度な脂も与えてくれます。さらに病気にもかかりにくく、海を泳ぐ回遊魚と違って寄生虫もつかない。安全性も高いんです。
ここのニジマスは、実際に包丁を入れるとその違いが歴然!身がギュッと締まってる。そして色が鮮やか。ニジマスの身の色はエビやカニにも含まれる天然の赤い色素、アスタキサンチンを含んだ餌によるものです。
サケ科の魚であるニジマスは、産卵によっても身の味が落ちる。柴崎社長によれば、水産試験場では、初めから卵を持たない稚魚に改良しているそう。不思議な話ですが、その技術もまた水温調節によるそうで、水の力とは本当に凄いもんです。
周辺の土地開発や昨今の魚離れの影響で、昭和30~40年代の全盛期、この辺りに40軒程あった養殖場も今ではわずか5軒を残すのみ。私自身も地元の人間ですから、ここには思い出がいっぱい。子供の頃は養鱒屋から逃げてきた魚を、よくつかまえて遊んだもんですよ(笑)。
「柴崎養鱒場」では、ニジマスの加工品も扱っています。柴崎社長のご厚意で、さばいたばかりのニジマスの刺身とマリネの「紅花漬」をご馳走になりました。刺身は臭みゼロ。身もプリプリ。言われなければ川魚とは分からないほどです。伺えば出荷直前の一週間は“餌止め”もして、さらに臭みを抜いているとか。
生き物を扱うだけに、この仕事に休みはなし。特に大雨や台風などで落ち葉が水面を覆うと、魚が酸欠になってしまうため、雨風の中でも作業は欠かせないとか。愛情と根気なくしては務まりません。「柴崎養鱒場」のニジマスのおいしさは、ふるさとの水の恵みを活かして安全でおいしいものを届けたいと願う、柴崎社長の情熱と人柄そのものだね。
そのまま国道13号線を北上し、途中の「道の駅 むらやま」で小休止。この辺りには、だだちゃ豆と並んでいま人気の秋の枝豆「秘伝」の畑が一面に広がってるね。大豆を収穫するため、軒下に枝ごと干す風景もこれからの季節の村山の風物詩だなぁ。

近代的な栽培法で育つ無農薬マッシュルーム。
見た目の愛らしさを裏切る実力派食材。
そこから北へさらに約40分車を走らせると、長閑な田んぼの景色の中にかまぼこ型の建物が幾つも見えてきます。到着したのは最上川の支流、小国川のたもとにある「舟形マッシュルーム」さん。最近、産直でも目にする「ジャンボマッシュルーム」の生産者です。ここを訪れるのは実は初めてですが、想像以上の規模です!
案内くださった長澤専務によれば、敷地内にある栽培ハウスだけでも40棟。少し離れた敷地にあるものを加えると全60棟にもなるそうです。通常、キノコ栽培は大きく分けて原木栽培、菌床栽培、堆肥栽培の3つがあります。こちらでは驚いたことに、馬の堆肥に大豆の搾りカス、さらに珈琲豆のカスを混ぜ発酵させた堆肥栽培を行っています。まずは、その作業風景を見学。
敷地を川のほうへ向かって少し降りた場所にある巨大テントのような作業場では、重機が黙々と大量の材料をかき混ぜてました。発酵熱なのか、熟成された堆肥からは湯気の姿も。ちなみに馬の堆肥は敷きワラのみを使用しているそうです。しかもこの敷きワラはサラブレッドの厩舎のもので、一日おきの交換のためかなり清潔だとか。キノコの培地に滅菌した“おがくず”を使う生産者もいますが、こちらでは敷きワラについた馬の腸内細菌を活用した有機肥料による培地で、肉質の締まった旨みたっぷりのマッシュルームを育てています。もちろん衛生面やエコの面でも配慮され、ハウス内は栽培前に一度、蒸気で完全殺菌。栽培中は気圧を調整し虫が侵入できないよう工夫。さらに使用済みの培地も、完熟堆肥として近隣の農家の田畑で再利用されているそうです。
マッシュルームのいい香りに包まれた、40坪程の広さのハウス内では4段の栽培棚に、可愛らしい饅頭のようなマッシュルームがびっしり。とれたてを試食させていただくと、まさにジューシー。飲み込んだ後も口の中に残る香りの余韻に驚きます。マッシュルームはビタミン群を多く含み、うまみ成分のグアニル酸はシイタケのなんと3倍以上!必須アミノ酸も多く、生でもおいしく食べられる唯一のキノコだそうです。ちなみに、ブラウンとホワイトの違いは菌の種類の違い。原種に近いのはブラウンで、ホワイトに比べて収量は少ないものの、香りや味わいはそのぶん濃厚です(試食で実感!)。
こちらには今年4月にオープンした直営店「マッシュルームスタンド舟形」もあって、とれたてのマッシュルームを使った料理の他、量り売りや加工品販売もしています。大規模とはいえ培地づくりからその管理、収穫や箱詰めまで、手作業も多いマッシュルーム。今では地域の振興産業としても期待を集める、舟形のルーキー食材です。

室町時代から続く、一子相伝の“幻の里芋”。
400年分のおいしさが口の中でとろけます。
舟形をあとに、続いて向かったのは真室川。山形県北部、最上地方の最北に位置する真室川町は、三方を急峻な山地に囲まれ、豊かな森林資源と土壌に恵まれた地です。訪れた「森の家」は、室町時代から400年以上続く伝承野菜農家。
お邪魔した目的は、ここでつくられているブランド里芋「甚五右ヱ門(じんごえもん)芋」。実はこの芋、栽培者である佐藤家の家宝として代々伝えられてきたもの。なんと一子相伝で、全国でここだけでしかつくられていない幻の里芋です。
未だ30代半ばの春樹くんは現在、20代目。以前は会社員でしたが、子供の頃から口にしてきたこの特別な「甚五右ヱ門芋」のことを知り、農家へ転身しました。私との出会いは、春樹くんが家業を継いでまもない頃、まだ知られていなかったこの芋を、営業に来たのが始まりです。試食して、いやぁ、そのおいしさに驚いたね。
自宅は、かつてお祖母さんの友人宅だった築150年の古民家を、昔の雰囲気を残して改装。彼のモノづくりへのこだわりは、暮らしぶりにもみてとれます。
カーナビにも表示されない山道を先導してもらって早速、芋畑へ。突然、視界が開けた先に現れた畑では、まさに収穫作業のまっ最中。「甚五右ヱ門芋」の収穫は少し遅く例年、9~11月頃。
畑に足を踏み入れたとたん、足の裏に伝わる跳ね返すような土の弾力。手に取ってギュッと握ると、そのままかたちが崩れない。春樹くん曰く、この“赤粘土”が程よい水分を保ち、とろける食感の里芋を育てるそうです。畑を見渡せば、森の向こうに鳥海山を望むなんともいい景色。昼夜の寒暖の差もありそうで、こんな場所で育つ野菜がおいしくない訳がない!(笑)。現在、畑は約2町歩(約6,000坪)。肥料には鶏糞とカキ殻を使い、無農薬で年間20トン程の芋を生産しています。
里芋の収穫は茎を切り落とし、親芋から小芋、孫芋をひとつ、ひとつ取り分ける手間のかかる作業。この日も地元の方が黙々と取り組んでました。「森の家」では皮付き芋の他、皮むき芋の加工品も扱っています。先祖伝来の芋づくりを通じて、地元の雇用など、地域で完結できる農業を育てていくことも彼の夢だそうです。
日が傾き始めるなか、彼の自宅で「甚五右ヱ門芋」のおいしさがよく分かるシンプルな“きぬかつぎ”を試食。見た目は普通より少し細長。皮は薄く、茹でると繊維に沿って身が縦に割れます。食感はぬめりが強く、口の中でとろける餅にも似た歯ごたえ。いちらくでは、この「甚五右ヱ門芋」を、郷土料理の“芋煮”でお出ししています。現在、春樹くんはお祖父さんの遺志を継いで、りんご屋も始めたとか。頼もしい若者が、またどんなおいしい農産物をつくってくれるのか期待したいですね。
秋の日の短さに駆け足で訪ねた3軒。こうしてみると、美味い食材はしあわせな自然環境と、ありがたい生産者に育まれてるなぁ、つくづくと思います。山形はね、もう食材の宝庫。料理人には理想の地ですよ。生産現場の物語をこれからもお客様に、少しでもお知らせできたらと思います。その食材を育んだ環境も、おいしさのひとつですから。
今回、訪問にご協力くださった皆様、ありがとうございました。
【いちらくの“おいしい山形”】
今回の取材食材を使用した「湯坊いちらく」のお料理(一例)です。
◎ニジマスのお造り(菊花造り)
ニジマスを薄造りにして秋らしく菊花に盛り付けました。川魚の臭みはまったくありません。
◎舟形マッシュルームと山形牛の陶板焼き
◎甚五右ヱ門の芋煮(山形の郷土料理)
牛肉、こんにゃく、長葱、甚五右ヱ門芋だけのシンプルなお料理。
甚五右ヱ門芋の味を最大に引き立てるため、あえてゴボウ、キノコ類は入れません。
味付けは天童産の醤油味で。
◎甚五右ヱ門芋の絹かつぎ
ネットリとした甚五右ヱ門芋の旨味がストレートに楽しめる蒸し芋料理です。
自家製のパプリカ南蛮味でどうぞ。